長渕剛 名盤「昭和」アルバム解説

 

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 長渕剛というアーティストは良い意味で時代によってその姿を変え、ファンを魅了してきた。それは音楽のみならず役者としての表現ともリンクしてきた。
その真骨頂は1993年の「とんぼ」から始まった数年間であることに異論を唱える人はいないのではないか。当時の爆発的な人気、影響力は凄まじく、今なお熱狂的ファンを生み出している。

 

 発売時期の時代背景

 時代はまさにバブル期の真っ只中であり、テレビではトレンディドラマで華やかな都会の暮らしが描かれ、地方の若者を虜にしていた。誰がこの後にバブルが崩壊し失われた10年と呼ばれる不況が訪れると思っただろうか。繁栄は永遠のように語られ、消費が促されていた。さらに昭和天皇が崩御し、敗戦の苦渋を舐めた昭和という時代が終わり、平成という新たな時代への希望に溢れかえっていた。

 だからこそ、長渕の「昭和」というタイトルと遺影のようなジャケット(写真家大川装一郎による)は異質だった。レコードショップでは同時期に発売された光GENJIの「Hey!Say!」と並び合っていたのが印象的だった。

 

当時の音楽シーン

1987年ー1988年のチャートは、光GENJI、男闘呼組、工藤静香、Winkといった新時代のアイドルのデビューがあり、ベテランアイドルも中森明菜は「TATOO」、田原俊彦は「抱きしめてTonight」を大ヒットさせ、新旧アイドルがそれぞれの全盛期を作っていた。一方で、THE BLUE HEARTS、HOUND DOG、プリンセス・プリンセス、爆風スランプがチャートに登場し、この後のバンドムーブメントおよびアイドル氷河期の予兆を感じさせていた。まだ演歌・歌謡曲も年間チャートにランクインが目立っており、吉幾三「酒よ」、美空ひばり「川の流れのように」もこの時期にヒットしていた。

 

キャリアの中での立ち位置

 ドラマ「親子ゲーム」、「親子ジグザク」で見せてきた、「チンピラ崩れ」「女好き」「気の良い兄ちゃん」というキャラクターから一転、硬派で時代遅れのヤクザを演じた「とんぼ」への変化は、ファンですら衝撃的であった。

 演技とキャラクター作りは金子正次「竜二」の影響は明らかである(丸パクリとも言える)が、バブルの高揚感に包まれた時代へのカウンター、主題歌「とんぼ」の珠玉の出来、ゴールデンタイムのドラマではあまりに過激な表現・・・それら全てが奇跡的に噛み合い、主題歌は大ヒット、ドラマは高視聴率、最終回のラストシーンは強烈なインパクトを残した。

 その勢いで「とんぼ」の世界観をスケールアップした映画「オルゴール」とその主題歌「激愛」も大ヒットし、ファンのみならず世間の渇望が頂点に達したタイミングで待望のアルバムが発売される。タイトルは「昭和」。完璧なシナリオである。

 

1988年10月7日ー11月25日 ドラマ「とんぼ」放映
1988年10月26日 シングル「とんぼ」発売
1989年1月8日 昭和から平成へ改元
1989年2月8日 シングル「激愛」発売
1989年3月11日「オルゴール」公開
1989年3月25日 アルバム「昭和」発売

 

 前夜となる87年には「ろくなもんじゃねえ」がオリコン3位、レコード大賞受賞。88年には「乾杯」のセルフカバーがオリコン1位、77万枚のヒット)と、前兆はあったもものの、奇しくも改元を跨ぐこのたった5ヶ月で、元フォーク青年の気の良い兄ちゃんは、時代のカリスマになった。


収録曲


1. くそったれの人生
2. GO STRAIGHT
3. いつかの少年
4. とんぼ
5. シェリー
6. 激愛
7. NEVER CHANGE
8. プン プン プン
9. 裸足のまんまで
10. ほんまにうち寂しかったんよ
11. 明け方までにはケリがつく
12. 昭和


 前作「LICENCE」で既に方向性は示されていたが、このアルバム歌の世界観はより硬派でパーソナルな趣となり、さらにこの時期のドラマ、映画の役が憑依したかのように硬派な歌詞が溢れ、泥臭く時代遅れだが人間の本質を求めた「とんぼ」「オルゴール」と同じ世界観を描いている。

 サウンドも、瀬尾一三、笛吹利明というブレインにより、1.2.4.8.9.10あたりのバンドサウンドは執拗にマットでタイトな仕上がりで、前述の世界観を具現化している(「とんぼ」もシングル盤よりリバーブが抑えられている)。
 3.12では、セルフカバーアルバム「NEVER CHANGE」から引き続きの壮大なシンセサウンドが胸を締め付ける。ボーカルはこの時期がキャリア最高であるとの評価も多い。

タイトル曲である「昭和」は、ライブビデオ「LICENSE」において作曲風景が収録されている(歌詞は全く違い、Aメロのみ「昭和」に引き継がれている)

 

総評

「昭和」は87万枚売れ、この年のアルバムセールス3位であった。1位の松任谷由美「Delight Slight Light KISS」(「リフレインが叫んでる」収録)もこの時代を切り取った名盤であるが、華やかな時代に乗れず、浮かれることも出来ず愚直に生きていた人々がいかに多くいたかを「昭和」のセールス、および長渕の爆発的な人気が裏付けており、日本のバブル期の側面を見事に描いた歴史的名盤である。ひとつの時代を完全に切り取り、色取ったアルバムとして、日本においてこれ以上のものは中々思い当たらない。