For No One

No sign of love behind her tears Cried for no one

映画『イエスタデイ』が本当に伝えたかったこと

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!注意! 完全にネタバレを含みますので未鑑賞の方はご注意ください
「もし突然、この世界にビートルズが存在しなかったことになっていたら…」という、アイデア時点で最高に鑑賞意欲を唆られていたものの、すっかりタイミングを逃してしまっているうちに周辺から聞こえてきた評判は、正直芳しくないものだった。中でもネガティブな反応としては
 
「これってビートルズである必要ある?」
「ビートルズの曲はそんなに凄いのか?」
「主人公のラストの行動にリアリティがない」
「着想は面白いのに遊びが少ない」
「後半失速」
「ディティールの詰めが甘い」
 
などなど…。少し不安な気持ちでついに遅ればせながら映画「イエスタデイ」観賞。
 

感想

結果・・・号泣(比喩ではなく本当に)。
 
前述の批判を否定はしない。ただ、それは普遍的な角度から見た場合であり、ある条件に当てはまる人に対しては爽やかに胸をえぐる。
 
この映画は上質なエンタメを装っているが、その深層で作り手が届けようとしているのは、「ビートルズがいて欲しかった世界」と「ジョンが生きていて欲しかった世界」の矛盾の先で、喪失感からの自立を促すエールだと思う。
 
つまり、この映画が刺さる条件とは「ジョンの死に喪失感をまだ持っているか」だ。
 
これを前提として、前述のネガティブ意見に反論していきたい。
 

批判に対する反論

Q ビートルズである必要はあったのか?

「ある日突然ビートルズがいなかったことになってしまって、唯一ビートルズを覚えていた冴えないシンガーが、自分が作ったことにして数々の名曲を世に出したら・・・・」というストーリーは単純明快で、着想時点で勝ちだ。
このプロットはビートルズという最もレコードを売ったアーティストだからこそ効果的であるものの、必然条件ではない。他のアーティストでも成立しなくもない。しかしこの映画はそもそもジョンの死からの自立がテーマであるのだからビートルズでなくてはいけないのだ。

Q ビートルズの曲はそんなに凄いのか?

たしかに本作の世界が本当に訪れた場合、映画の様に現代の人々が初めてビートルズの曲を聴いたとて、残念ながら映画の様なセンセーションは起きないだろう。もちろん、ビートルズの楽曲は未だに多くのファンを生み出しているように素晴らしいものであるが、多くの進化を遂げた数々の音楽が既にあるこの世界(エドシーランもいる)に、革命的なインパクトを与えるとは思えない。つまり、ビートルズが1960年代に世界中を熱狂させた事実を知らない現代の若者にとっては、実感が湧かず、懐古主義と過剰な神格化にドン引きするかもしれない。
しかし、これはある意味の対比表現で、ビートルズがいなかった世界がいかに退屈だったかを表現するためには必要なのだ。この理由は後述する。

Q ジョンレノンの登場は必要?

物語終盤、ジョン・レノンが登場する。彼はこの世界線ではミュージシャンではなく、1975年に射殺されておらず、現在まで生き、そして「愛する人を守ることができた」と人生に満足している。これについて「蛇足では?」「あざとい」という意見も目にしたが、私はこの場面で涙腺が決壊し、霧が晴れ青空をみたような感覚に陥った。リアルタイムで、あるいは追体験として、ジョンの死を悲しみ、怒り、喪失感を覚え、今なおそれを引きずっている人々はきっとここで「あなたが生きていてよかった」という感情が湧き起こったのではないだろうか。主人公の表情はそれを見事に表現しており、この瞬間、観客と主人公は一体化する。
 

この映画が伝えたかったこと

夢(映画)の中であるが、ジョンが生きていてくれたことに対する感動と同時に、観客はひとつの難題を突きつけられる。
 
・ジョンは、ビートルズがいない世界では生きていた
・ということはビートルズだったから殺された
・でもビートルズがいなければジョンを好きにはならなかった
・しかし、ジョンはこの世界線でも変わらずジョンだった。
・そんなこの世界線は素晴らしい
・でもビートルズは居ない
 
このシーンは映画「イマジン」で、ファンがジョンの家に不法侵入しジョンへ畏怖と敬意を表するものの、ジョンは優しく「僕は神ではないよ。ただの男だよ」と諭す有名なシーンのオマージュだと思われる。そのファンと同様に、映画「イエスタデイ」を観ていた私たちも「ジョンが生きていて、素晴らしい人生を送ったと言ってくれるこの世界の素晴らしさ」と、ビートルズがいない世界であるという絶望感が同居し、動揺し立ち尽くしてしまう。
 
そしてにジョンと主人公が答えをくれる。
「愛する人を守るために生きるのだ」
 
拍子抜けするほどありきたりなメッセージであるが、ジョンがテーマにしていた「愛」は一般的に誤解されがちな博愛的なものではなく、実にパーソナルなものであったのはファンにとっては周知の事実であり、映画内で違う世界線のジョンを通して描いたことで、本来のメッセージの輪郭をクリアに伝えている。
 
主人公は、矛盾をを反転させて両方とも肯定する。ビートルズの曲がある世界と、ジョンが生きている世界とを(多少現実感がない方法だけど)。
 
「前に進もう。失ったものを引きずるでもなく、忘れるでもなく、否定するでもなく、大切に抱えて痛みと愛が共存する世界で」
そんな製作者の愛が溢れる、清々しい素晴らしい映画でした。